てぃーだブログ › THINK BOX!!

2012年04月22日

つながり

清明祭の日、多くの沖縄の人達は

門中墓に集まり、ブルーシートをひき
重箱をを持ち寄り、親戚一同で集まり
にぎやかに過ごす。

以前、愛知県に出稼ぎに行った際
この清明祭の様子を県外の人に話すと
驚いていたことを思い出す。

まさに、沖縄独特の文化なのだと感じる。

沖縄の人々の血縁の強さもあるが、
亀甲墓がもつ「場」の影響力も
大きく関わっているように感じる。

亀甲墓は女性の子宮、
胎内の形を原型にしているという。

ユング派心理学者 河合隼雄氏は

母性には「包容・包含」という
全身を包み込む、抱く形で守ろうとする
「子宮的思考」があり
それが、私達を包み込み
「一体感」・「安心感」を生み出している。


しかし、反対に「閉鎖・排他」という
母の胎外と外部とを峻別し、
外部からのアクセスを
シャットアウトする作用もあり、それが

どこかに連れていかれる
飲み込まれる

という得体の知れない「畏れ」を感じさせるのだろう。


だからこそ私達は、その「場」に
絶妙な「一体感」と「畏怖」を感じ、

「心地いいけど、いつまでもいちゃいけないね」

と感じ取り、

すみやかにその「場」を「退場」でき、「日常」に戻ることが出来る。

まことによく出来た「システム」ではないか。

母性の裏表がバランスよく絡み合い
「つながり」の「プラットフォーム」を生み出している。


きっと昔の人達がこう考えんだろう

(ご先祖様)
いつか私も「いなくなる」。
そしたら残された人達との
「つながり」は減っていく。

かといって
忘れられるのが淋しいからと言って
夜な夜な「化けて出る」のは
皆んなに迷惑がかかるし
あっちとこっちを何度も往復出来るほど
ウチカビは持ってないしなぁ


と考えた人達が
自分が「いなくなって」からも、
両者とも「つながり」に困らないようにと
考えて作り上げていったのだろう。

私が「いなくなっても」誰も困らないように
自然に「つながり」を保つ「場」を作る。

しかも、それがこれ見よがしにではなく、

ふと気がつくと、そうなっていた

という風に仕上げる。

私達の「ご先祖様」はなんとも
「スマート」な身のこなしをしているではないか。

私もこれからそんな
「スマート」な「ご先祖様」になれたらなぁ

と、子供たちの賑やかな声をききながら

墓前にて思う。



  

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2012年04月15日

みみをすます


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ひとつのおとに
ひとつのこえに
みみをすますことが

もうひとつのおとに
もうひとつのこえに
みみをふさぐことにならないように


<中略>

ざわめきのそこの
いまに
みみをすます

みみをすます
きょうへとながれこむ
あしたのまだきこえない
おがわのせせらぎに
みみをすます


谷川俊太郎

*****************************

ただ静かに

みみをすまし

まだ言葉にならない声を聞けるように

なりたいなぁ

  

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2012年04月07日

学ぶことの意義 について

春になり、卒業・入学と多くの

「おわり」と「はじまり」がありますね。

平川克己さんのTwitterで紹介されていた
立教大学総長 吉岡 知哉 の卒業式辞が素晴らしいので
転記します。

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2012年3月24日
立教大学総長 吉岡 知哉

立教大学はこの春、
375名に修士号、16名に博士号、55名に法務博士号を授与いたします。
学位を取得された皆さん、おめでとうございます。
心よりお祝い申し上げます。


昨年3月11日に発生した東日本大震災から、
1年と2週間が経とうとしています。


東日本大震災は、巨大地震と津波、それに続く原発事故によって、人類がこれまで経験したことのない複合的な災害になってしまいました。


地震と津波による広範囲の災害によって、
行方不明者も含め2万人近くの人々が犠牲になりました。
さらに、福島第一原子力発電所の爆発事故によって、
生きていくための基本的な要素が汚染されました。


津波によって破壊された地域の人々だけでなく、
高濃度の放射能によって汚染された地区の住民もまた、
あたかもディアスポラ(離散して他所に住むこと)のように、
住み慣れた土地を追われることになったのです。


また、拡散した放射性物質のために、
復興自体が阻害されていることもご存知の通りです。


大震災によって、多くの人々が、生活の基盤を崩され、
日常そのものを喪失しました。


現在でも避難を強いられている人々が
30万人以上いると言われます。


東日本大震災が崩したのは、
日常世界の物質的基盤だけではありません。


深刻なのは、水や食料から社会制度まで、
日常世界を構成しているさまざまな要素に
対する「信用」が失われてしまったことです。



今回の事故では、
原子力発電所の安全性の神話が崩れただけでなく、
原子力工学や放射線医学など、
現代科学の最先端領域の「専門家」たちの事故後の発言が事態の混乱を深めるばかりであったのは、記憶に新しいところです。


また、私たちは、既存の政治機構が機能不全を起こし、
政治家の言動やマスメディアの報道が、
事態をますます悪化させているのを目の当たりにしています。


高度な研究を行っている専門家や、
著名な大学の出身者である政治家への不信が広がる中で、
大学という研究・教育機関への信頼が失墜していったのは
不思議ではありません。


いま私たちは、
大学の存在根拠自体が問われていることに
自覚的であらねばならないのです。



では、大学の存在根拠とはなにか。

一言で言えばそれは、「考えること」ではないかと思います。

大学とは考えるところである。

もう少し丁寧に言うと、人間社会が大学の存在を認めてきたのは、
大学が物事を徹底的に考えるところであるからだと思うのです。


だからこそ、大学での学びについて、単なる知識の獲得ではなく、
考え方、思考法を身につけることが大切だ、と言われ続けてきたのでしょう。


現実の社会は、歴史や伝統、あるいは
そのときどきの必要や利益によって組み立てられています。


日常を生きていく時に、
日常世界の諸要素や社会の構造について、
各自が深く考えることはありません。


考えなくても
十分生きていくことができるからです。


あるいは、
日常性というものをその根拠にまで立ち戻って考えてしまうと、

日常が日常ではなくなってしまうからだ

と言ったほうがよいかもしれません。


しかし、マックス・ウェーバーが指摘したように、
社会的な諸制度は次第に硬直化し自己目的化していきます。


人間社会が健全に機能し存続するためには、

既存の価値や疑われることのない諸前提を

根本から考え直し
社会を再度価値づけし直す

機会を持つ必要があります。


大学は、そのために
人間社会が自らの中に埋め込んだ、
自らとは異質な制度だと
言うことができるのではないでしょうか。



大学はあらゆる前提を疑い、知力の及ぶ限り考える、ということにおいて、人間社会からその存在を認知されてきたのです。


既存の価値や思考方法自体を疑い、
それを変え、時には壊していくことが「考える」
ということであるならば、
考えるためには既存の価値や思考方法に
拘束されていてはならない。



つまり、大学が自由であり得たのは、
「考える」という営みのためには自由がなければならないことをだれもが認めていたからに他ならない。


大学の自由とは「考える自由」のことなのです。
言葉を換えると、大学は社会から「考える」という人間の営みを「信託」されているということになると思います。


ところが、東日本大震災とその後の原発事故は、
大学がそのような「考える」という本来の役割を果たしていないし、
これまでも果たしてこなかったことを
白日のもとに明らかにしてしまった。


少なくとも多くの人々の目にそのように見えたのに違いありません。
大学への信頼が崩れたのはそのためではないでしょうか。


しかしさらに考えてみると、大学への不信はもっと以前から存在していたのではないかと思われます。
ある時期から、もはや大学には「考える」という役割が
期待されなくなったのではないか。


社会が大学に求めるものが、
「考える」ことよりもすぐに役立つスキルや技術に特化してきたことはそれを示しているのではないでしょうか。


大学について語る場合の語彙も、
「人材」、「質保証」、「PDCAサイクル」など、
もっぱら社会工学的な概念に変わってきています。


近年、大学の危機が論じられることが多くなりましたが、
その際問題になるのは、
「グローバル化」と「ユニバーサル化」です。

しかし、人間社会が大学に、考える場所であることを期待しなくなっているのであれば、そのことのほうがずっと深刻な危機ではないでしょうか。


また、このような変化の背景に、
そもそも「考える」ことの社会的意味を否定するような気分が醸成されてはいないか、という点にも注意しなければなりません。


反知性主義が力を得るための条件は東日本大震災以後いっそう強まってきていると思われるからです。


立教大学は創設以来リベラルアーツを重視してきました。


リベラルアーツはここで述べてきた意味での
「考える」技法を習得するための訓練体系です。


そのような伝統をもつ立教大学の大学院で学んだ皆さんは、
「徹底的に考える」経験を積み重ねた結果、
本日の学位授与式に臨んでいるのです。


さて、これまで述べてきたことからもお分かりのように、

「考える」という営みは
既存の社会が認める価値の前提や枠組み自体を
疑うという点において、

本質的に反時代的・反社会的な行為です。


皆さんの中には、これから社会に出ていく人も、
大学院生として後期課程に進む人も、
また、大学や研究所で研究者としての歩みを続ける人もおられることでしょう。

社会人として働きながら本学に通い、
これから次のステージを目指している人も
たくさんいるに違いありません。
皆さんがどのような途に進まれるにしても、
ひとつ確実なことがあります。


それは皆さんが、「徹底的に考える」という営為において、

自分が

社会的な「異物」であることを選び取った存在だ

ということです。


どうか、「徹底的に考える」という営みをこれからも続けてください。
そして、同時代との齟齬を大切にしてください。

おめでとうございます。
  

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2012年02月27日

弱さの「ちから」

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僕は「弱さ」こそが
過激なんだと言っているんです。


弱音を吐いたり、弱音を聞けなくて
何がクリエイティブなのか。


弱い部分に潜んでいるエネルギーこそが
今日の閉鎖状況を変える可能性があるんです。


松岡正剛

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今の閉塞感の充満は

「強さのちから」

風穴を開ける「弱さ」

みんなで一生懸命隠しているからかもしれない


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2012年02月14日

インスタントな世界

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すべてはことごとく相対的で

「予想どおりに不合理」なのだ。


 松岡正剛

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先週から、倉庫作業のアルバイトを始めたんだけど

「即席メン」の消費の多さにオドいた。

平積みで人の身長くらいの塔があちらこちらにある。

スゴくない!

なぁ~んか、この即席メンの多さは、僕たちをよぉ~く表しているのでは?

即席メンにかかわらず、僕らはあらゆる所で

「即席」を追い求めて来たのではないかと、

この即席メンの塔を見ながら思った。

「即席」を辞書で調べてみると

①その場ですぐにすること

②手間ヒマのかからないこと

と書かれている。

ここで僕は「即席」を辞書とは違う意味でとらえ

ちょっと違う視点を持ってこの「現象」を見てみたいと思う。

僕は「即席」とは

「アクション」に対し、「Reアクション」がすぐに来ること。

と定義したい。

だって、即席メンは

・「お湯を入れる」(アクション)

に対し、3分後に(手間ヒマかけず)

「できあがり!!」(Reアクション)

を僕らに提供してくれるでしょ!!!

そこには、

じっくりコトコト煮込むという、手間ヒマはいらない。

大胆にいうならば、

「即席」「選択」するということは、「熟成」を捨てる

と言ったら言い過ぎかもしれないが、

僕も含め日々多くの人が、そのことを意識しないまま

「即席」を利用しているのではないだろうか?

僕はここでインスタント食品会社や

意識無く消費する人々を批判したいわけではない。


僕自身、キャンプをし寒空の下で食べるカップラーメンや

深夜の海外ドラマを見ながら食べる「焼そば●FO」の

恩恵をたっぷり受けているから。

(僕の胃袋さんは節約家なのでそれで十分満足してくれます。)

この大量のインスタント食品を消費するような「現象」

・「食のありがたさを教えていないからだ!!」
・「核家族化で個食が増えたからだ!!」
・「コンビニやファーストフード
     によって壊されたからだ!!」


と言う、

「食文化の変化」、「家族形態の変化」、「食育の不足」

結果として起きたというフレームとは別の見方をしてみたいのだ。




戦後、インスタント食品に関わらず僕たちは

「即席」最優先にしてきた。

洗濯機・炊飯器、自動車・新幹線・飛行機も

「便利」と言うこともできるかもしれないが、

ほとんどは、いかに「手間ヒマ」をかけない

すなわち、いかに「即席」にするかだ。

洗濯機は、

洋服をドラムに放り込み、洗剤を入れて

スタートボタンを「ピッ!」と、押す。(アクション)

に対して、30~40分後に

洗い、脱水までもが終わっている(Reアクション)

(干すのはまだ自分でしないと行けないけどね・・・)


昔話のように、川へ移動することも

洗濯板でゴシゴシする必要もないし、しぼる手間もなくなった。

三種の神器のおかげで、空いた時間でのんびり過ごすかと思いきや

僕らは空いた時間で新たな「消費活動」をするようになった。

そして、それを僕らは

「豊かさ」と言うようになったのではないだろうか?

豊かさ=「即席」を生む道具達 + 新たな「消費活動」
            (洗濯機・炊飯器)            (レジャー・娯楽)


生きていく全てにおいて僕らは

「アクション」「Reアクション」の時間を短縮し続け、

手間ヒマをかけずにいかに「効率」を求めて行くかを

「一億総中流」の人々が行い、

そして、それを求めた

そのおかげで僕らは、

アメリカに次ぐ世界第2位経済大国になったのだ。


このことを棚に上げ

インスタント食品会社やそれを購入する消費者を批判することは誰もできない。


インスタント食品の氾濫は、

「食文化の変化」、「家族形態の変化」、「食育の不足」だけの問題ではなく

僕ら全員で「即席」を求めた結果であり、僕ら全員が「加担者」だ。

そして、順調に成長してきた「豊かさ」「しるし」でもある。

僕らの「よのなか」

化学機で作られた身体になんの栄養もないモノを

大量に食べても大丈夫なほど

僕らは、「満ち足りた世界」に住んでいて

「飢える」こともなく「平和で安全」ですよぉー

という「しるし」なのだ。


何百年後かの神話にはきっとこう書かれるだろう

「むか~し、むか~し
 極東の国ジパングという国がありました。

 ジパングの人々は、かつて大きな戦いにやぶれ
 国土は焼け野原になったが

 勤勉さ洗練された文化意識により
 奇跡の復活を遂げた。

 そして、
 彼らは<燃える水><爆発する光>を巧みに操り
 
 街はまるでシャングリラのように
 1日中光があふれる世界を作り出した。

 そして、そこに住む人々はみな
 仙人のように<かすみ>を食べて生きていた。」


 ってね。


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「ない」ものは、「ある」ものより

ずっと多様である

 松岡正剛

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Nina Simone-Ooh Child



Cyndi Lauper & Destiny's Child - Ooh Child
  

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2012年02月12日

ピアノマニア

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「手軽」な延長物は

私達を「奴隷化」する


岡本史郎

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TwitterやFacebookにあまり乗り気がしないのは

たぶん、こんな意識が私にもあるからだろう。


  

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2012年02月11日

思考停止の病態

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「すべての源泉であるワルモノがいる」

という説明は、

思考停止の病態に他なりません


内田 樹

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私たちの「よのなか」

「ふくざつ」だったり「たんじゅん」だったりして

「矛盾」している。

それだからか、私たちは「物語」に魅了される。

その一つの要因に「物語」はいとも簡単に

「よのなか」を縮小させ、

原因⇒結果の地図を見せてくれるからだ。

(あの人が、ああなって⇒この人がこうなったから
  ⇒こんな風になって⇒最終的にあの2人はああなったのよ、奥さん。)
ってね。

自分自身の過去を振り返ってみるときにも、

まるで、最初から筋書きがあったかのように

「物語」が浮かび驚く。

しかし、私たちは未来に対する「ふくざつさ」には耐性が弱く、

「たんじゅん」「物語」を好む。

陰謀論者やニューエイジ原理主義者と、

科学主義・現代医学主義の言い争いを見ていると

両者とも主張内容は真逆だが、内田樹氏がツイッターでマスコミを指摘しているように、

まったく同じ思考停止の病態を患っていて、

「ふくざつさ」に対する耐性の弱さを如実に表している。

陰謀論者は
「世の中には、闇の組織があり。奴らが我々を邪魔している。」

ニューエイジ原理主義者は
「唯物主義者は霊性が低く、そのために全体が危機に瀕している。」

科学主義のマスコミは
「あんなものは、オカルト・疑似科学であり、危険だ。」

現代医療主義のマスコミは
「彼らは現代医療を否定する、危険な者たちだ。」

かなり乱暴なまとめ方だが、彼らに共通する深層部分のロジックはこうだ。↓↓

敵対者を発見し、
現状の停滞はすべてこの「敵対者」が原因である。


と、そしてそれぞれの「物語」を作り上げ、

「安心」「納得」する。

しかし、この物語は完結したはずなのに、彼らは声を上げ続ける。

なぜだろう??

内田樹氏は言う、

それは、彼らもこの「物語」「現実」ではないとわかっているからだ。

そして、
「本当は何も知らない」ことに気づいているからだ。

彼らの声は、相手に向かって言っているのではなく、

自らの「不安」をかき消す為に行っているのだ

と、

陰謀論者・ニューエイジ・科学主義も、彼らの言い方はまるで

双子のようにそっくりだ

きっと、この双子達は、

同じ屋根の下で

鏡に向かって一生懸命喋っているんだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

知性とは、
  答えのない問いを問い続ける力である


亀井勝一郎

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


  

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2012年01月05日

呪文の効用

小さい頃に、アリババの絵本を読んで自動ドアの前に立ち

「ひらけ! ゴマ!!」

と、叫んだ経験がある人は僕だけではないだろう。

ほかにも、
「アブラカタブラ」「ちちん! ぷいぷい!!」や

ドラクエの呪文など、多くの呪文を使って

「式神」や「モンスター」も使えたし、

「カメハメハ波」・「スペシウム光線」も使っていた。(笑)
(これは、「フォース」の使い方なので、また、いつか。)


でも、サンタさんの背中が分かり始める位から、

色々と「知っているモノ」が増え呪文も恥ずかしくなって

使わなくなっていった。


そうなると、いつのまにか

「知っているモノ」は見え、

「不思議」は見えなくなり

大人になるにつれて、「未知との遭遇」は減っていった。


そして、日々溢れる情報により「答え」は増えたが、

それで、「よのなか」「埋められて行く」ので

日々の「閉塞感」は増えていく。


今こそ、ネットやTV、まして攻略本にはない

本物の「呪文」が必要なのだろう。


きっとその「呪文」は、「式神」を呼び出し、

私達を「無知」から「未知」へと連れ去り、

「見えないモノ」を見せてくれるのだろう。


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いくつかの疑問を知っている方が

答えをすべて知っているよりいい

ジェームス・サーバー

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辻井伸行さん
ショパン 子守唄 変ニ長調 作品57

  

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2011年12月28日

内観療法に行ってきます

詳しい説明は国分先生よりお願いします。


國分康孝談話室第17回「⑰内観法」110210


  

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2011年12月28日

神経質礼賛 より

自信はいらない

そもそも自信とはどんなものですか。

強い人が勝ち、弱い人が負ける、
上手の人がよく出来て、下手な人がうまく出来ない。

それが事実であって、その事実をそのままに見るのが、
「信念」であり「自信」であります。

しかし、それではなんの変哲もないから、

皆さんはできない事もでき、強い人にも勝つように、
自信というものを作りたいという野心があるのではありませんか。

そこが自欺のもとであり、間違いだらけになる原因でえいます。

森田正馬

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愛の夢 辻井伸行

  

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2011年09月28日

移行期的混乱〜経済成長神話の終わり〜

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問題なのは成長戦略が
ないことではない


成長しなくてもやっていけるための
戦略がないことが問題なのだ。


平川克美

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戦後僕たちは成長は「青天井」だと思っていた。

松下幸之助さんが「水道哲学」を言ったように、
「モノ」「問題解決」をする時代を生きてきた。

でももうそれは終わり近づいているような気がする。

だがよのなかでは、
「成長!!成長!!」と叫び、過去の光栄を懐かしみ。

自己啓発本は、「成功!!成功!!」と声高らかに
「熱病」を振りまく。

僕たちの環境が老年期に入った今は、
「熱病」に振り回されることなく
「不安定」の中に、
いかに自分を漬け込んでいられるかが、
これからを生きてゆくたしなみに、なるんだろうなぁ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

TwoDaystoAlaska- Per Sempre (Freedom)

  

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2011年09月27日

現象学より

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「方法」とは本来

(中略)

思考の「スタイル」、

研究対象に立ち向かう

「態度」のことなのである。


哲学者 木田 元

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おぉ〜!!(◎_◎;)

木田先生、

「方法」とは

「Doing」ではなく
「Being」だったのですね♪赤

よのなか「意味」を見出すには
やはり「Being」が大切なのですね。

しかし、皮肉なことによのなかで使われる
「方法」の多くは「Doing」だったりするタラ~

確かに、
「Doing」としての「方法」
派手だし、新鮮だものね。

「Being」としての「方法」
の方は地味だけど、僕は味わいがあって好きなんですけどねぇ

おぉ〜!!(◎_◎;)
ビールも飲めないし、甘口のカレーしか食べれないくせに
なぁ〜んか大人な感じの発言をしているではないか!!

ではさっそく、ビールを飲めるか試してみよー♪赤

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

TwoDaystoAlaska- 47 Ronin (Tearduct)

  

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2011年09月08日

スピリチュアル心理学より

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優れた心理療法家とは

本当に花を愛するひとが
花を切ったり、曲げたりしないように

クライエントの「存在」や「本質」を
愛するだけで


相手を
「変えよう」としたり、
「操作しよう」としないのである。


アブラハム・マズロー 「人間性の最高価値」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

人を操作したり、支配しようとする心を生み出すのは

闇の魔術師や、呪術師のようなダークネスものではなく

一見は、
綺麗にみえたり、情熱的にみえる

よのなかにあふれる
「記号」達なんだろうなぁ

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2011年09月08日

スピリチュアル心理学より

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
人間は外界の環境の

被害者などではなく

自己自身の自己実現、

あるいは個性化に対して

「責任を負う存在」なのです。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「責任とは能力である」

この認識がなければ被害者意識からは抜け出せないだろうなぁ〜。


でぇ、いちおう僕はこの認識を「知った」けど
弱虫な僕は、正直今だにビビってますタラ~

「知らなきゃよかったぁ〜」と、
嘆きながらも、弱虫な僕はこの「宿題」を

地肉になるまで、身体化させるまで
相変わらず、ジタバタしながら向き合うことするのです汗

困った性分です(>_<)

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2011年08月23日

ケンウィルバー

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あらゆるところで
「真」・「善」・「美」を脅かしているのは、

暗黒の脅威ではなく、むしろ
浅薄さの脅威である。

ケン・ウィルバー

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頭で得た知識というのは

ぜぇ〜んぶ過去のも

っては言いすぎかもしんないけど

身体化されない情報以外は

「今」に触れることは出来ないんだろうね。

これからの起こる「移行期的混乱」

迎えるにあたっては、

「今」に接触し、
「見たくない現実」を見るかが

重要になってくるんだろうなぁ


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2010年12月18日

陽明学

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「名声」を得ることと

「自己修養」によって
実力をつけた人間を完成することとは、


「対立」するものである

王陽明

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ひさびさメルマにて
「ズバッ」とは入る言葉に出会いました。

陽明学は幕末の志士達に大きな影響を与えた
学問だそうです。

なので、幕末の志士は重々このことについては
理解していたと思います。

昨今は「竜馬伝」や「坂の上の雲」ブームで
「維新」や「改革」などが声高らかに言われていますが

陽明学を学んだ幕末の志士たちは「名声」なんて
これっぽっちもそんなことは考えてはいなかったでしょう

「記号化」された言葉に
「維新」や「改革」には「魂」は無い

そういう風に思います。

例えるなら

太陽は自らが光り輝き
結果、その恩恵を私たちは受けています。

太陽は、決して
「私を見て、見て」
とは光っては無いでしょう。

「記号化」されたきれいな言葉の裏に
自らの「自己愛」や「依存心」を
もう一度、確認する必要がありますね

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

DJ Whitesmith - I'll Die In The Sepia Flow - 2009.


  

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2010年11月19日

コア・トランス・フォーメーション より②

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

行動しているさなかにあっても
         内面は静かであること


静寂の中にあっても
         生き生きとしている事を


人は学ばなければなりません。

                  インディラ・ガンディー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

う~ん・・・・。

「矛盾」だ!!

その答えがこれかもしれない下下

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

矛盾を矛盾なまま

「矛盾なく」扱う


  甲野善紀

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  

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2010年11月04日

コア・トランス・フォーメーション より①

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「朴」とは
本物のあなたの基本的物質で
マニキュアや化粧する前のあなたである。

表面のものだけで
「自分」の目をくらましてはならない

それでは「内側」の彫刻していない
「部分」を失ってしまう。


コニリー・アンドレス

***************************

無理に「自分」を決めず

「ゆだねて」みれば

「内なる声」がきけるかも。

でも、「ゆだね」漂っている時が

いつしか「不快」と人は感じだし

無理に「自分」を「枠」

はめたがる

やっかいな「癖」があるようです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

DeBarge- Stay With Me

  

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2010年11月04日

時の輪 より③

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誰でも「見る」ことはできるが

そのくせ、われわれは

「見た」ことを覚えない

という「選択」をする


ドンファン

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痛ーいお言葉です。


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DJ Okawari - Luv Letter

  

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2010年11月04日

時の輪 より②

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言葉の欠陥は、それを用いることで

いつも自分が

悟りをひらいたのではないか

と思わせてしまうことにある


ドンファン

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え~ガ-ン

ドンファンに言われちゃったら

何もコメントできませんね

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Love Theme / DJ SHURI

  

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